資料の読み取り

 当時の資料は、60年以上前のものもありますが、梅津番号により整理され、授業のノートや指導者の記録や当時の往復書簡、日誌、日記、写真とそのネガフィルムなどの多くが残されています。これらの資料からは、盲ろう児の教育を系統立てて体系的に捉えていることを感じることができます。現時点では、私たちは全てを明らかにすることはできていませんが、当時の関係者が盲ろう児と寝食を共にし、熱い気持ちでこの教育に関わっていた実践が、現在の特別支援教育の根幹をなしているという確信を持つことができます。
 
 昭和59年に文部省が出版した「視覚障害児の発達と学習」のなかで教材が持つ意義が書かれています。今日の特別支援教育においても教材が持つ意義はとても重要です。以下がその引用になります。写真については本校に保存されているものです。
 子どもが課題を納得できる手掛かりを十分に準備して、子供が動作を起こす前に、探し、予測し、目的が明確になるように課題の状況を設定する工夫が重要である。この場合、意図的な課題の成立のためには、教材が重要な役割を果たすので、教材を自作することが非常に重要な意味を持っているのである。子供の心の底に芽生えているすばらしい力を見通す教師の目が、その子供に適した新しい教材を作る原動力であり、意欲的な学習の成立のカギである。
 こうした理論を裏付ける事例を次に紹介してみたい。20年ほど前、 我が国で初めて盲聾児の教育が山梨県立盲学校で開始された。当時、この教育の対象児であったS子の学習が進んで、基本的生活習慣がある程度まで確立し、点字の短文による交信が可能になった段階において、発声学習が行われた。ところが、その前段階としての息を出す学習が一向に進展しなかった。 学習の壁にぶつかったのである。人間は生きている限り自然に呼吸をしている。しかし、「イキヲダス」という点字の指示によって、自分で息を「ハアッ」と出すことが、S子にとって、こんなにも困難なことだとは予想されてもいなかった。なんとかして、息を出したことが触覚的に分かりやすくS子に納得させるための工夫はないものかと考えた末、酸素吸入のマスクに、ゴム管を通して小さな亀の子型のビニールの浮き袋をつなぎ、マスクをかけ、息を吐き出すと、浮き袋がフワッと大きくふくらむような教材を自作した。
 

亀の子型の浮き袋

息を出す教材

息を出す教材

S子 発声の学習

 

 S子がマスクをかけ、そのマスクを少し強く押さえたら、のけぞって息を止め、一瞬、こらえきれずに強く息を吐き出したので、浮き袋が大きくふくらんだ。その瞬間、S子は息を出すことがどういうことかを、手に伝わった浮き袋のふくらみによって理解したのである。この日、S子は1日中ニコニコして機嫌がよかったという。以後、マスクからの吹き口をだんだん小さくして、ラッパを吹いたりし、直接、浮き袋をふくらませたりすることができるようになっていった。また、日常生活においても 、それまで、うがいの水を全部飲んでしまっていたが、口に水を含んで吐き出すことができるようになった。
 子供が納得する課題を設定するためには、まず、その子供の外界刺激の受容の状況と運動の起こし方を注意深く観察し、その上で、課題を理解する手掛かりをどう与えるかを工夫することが大切である。この場合、特に、その子供に適した新しい教材を自作することが、意図的学習の成立を促す出発点であると言える。

 

 残念ながら当時の亀の子型のビニールの浮き袋を見つけることはできませんが、教材の写真やその後の発声の学習の様子は現在も本校に残されています。また、本校には当時の指導記録や日誌が多数残されています。今後、資料の十分な解明が課題になります。